目が離せない
夜が明けるのが惜しい。東金はため息にも似た息を零し、隣にある温もりに視線を落とした。 数時間前まで欲情のままに重ね合わせていた身体は、いまだ覚めきらない熱が密かにうごめいている。寄り添う蓬生はそんな交接の後を色濃く残していて、疲れ果てて眠る穏やかな表情に安堵するのに、まだ抱き足りないと疼く自身の身体に笑いさえ出る。
「……ん」
東金は、小さく身じろいだ蓬生を見遣って、肩からズレた布団をかけ直した。 伏せられた蓬生の瞳は長い睫毛が隠していて、白い肌に絡み付く髪が艶やかしくてなんとも心臓に悪い。薄く開けられた唇はまだほんのり艶を残していて、噛み付いて塞ぎたい。色のある声をその唇からもっと―― 駄目だ、これ以上見ていると本当に襲ってしまいそうだと、身体の中から込み上げてくる熱を無理矢理押さえ込むように、東金は固く目を閉じた。
「千秋…眠れんの…?」
かけられた布団に半分顔を潜らせて、眠そうに瞬きをする瞳が東金に向けられる。
「悪い、起こしたか」 「寝んと、明日の練習に差し支えるで?」 「…ああ、そうだな。お前は寝てろ」
東金は片方の肘をついて体ごと蓬生の方に向き直り、蓬生の顔にかかる前髪を軽く避けた。指の間からさらりと逃げる柔らかい髪は、同じ男なのにこんなにも髪質が違うものかと毎度の事ながら感銘をうけるもので。一本一本が細いのか、艶があるのか。猫の毛のように柔らかい蓬生の髪はいつ触れても好きだ。
「お前が寝るまで見ていてやるからさっさと寝ろ」 「…なんや、それ。余計眠れんし、千秋が起きとくんやったら俺も寝らん…」 「はっ、そんな眠そうな目をしてよくいうぜ」
髪を触られるのは本人も気持ちがいいらしい。体の疲れも影響してか、いい感じにまどろんできた蓬生をみて東金は優しく笑った。そして再び、熱を抑える為に閉じた瞳は蓬生へと注がれる。 繰り返しだ。熱はまだ冷めない。それならいっそ、自分も早く寝てしまおうか。そう心では思っているのに、目の前でまどろむ蓬生から目が離せない。 普段は大人びた顔つきをしているのに、寝顔になるとどこか幼く、儚く、無防備で。音が聞こえるんじゃないかと思うくらい鼓動が鳴って、同時に冷めきれなかった熱が再びうごめいた。
「お前の寝顔は心臓に悪いな」
そして思わず心境が声に滲み出る。
「…そんなまじまじと見つめられたら敵わんわ、千秋」 「…なんだ、まだ起きてたのか」
困ったように苦笑する蓬生に、さすがに寝ただろうと思い込んでいた東金は思わず目を見開いた。
「千秋のあつーい視線で眠気覚めたし、視線が痛いっちゅうねん」
蓬生は布団に潜らせていた体を少し動かして、片肘をつく東金との距離をぐっと近づける。そのまま蓬生の唇は東金の唇に軽く触れる程度に重なって、挑発的に孤を描いた。一瞬で消え去った待ち侘びた温もりに、どうにも抑えられなくなった欲情がふつふつと沸き上がって、気づけば勢いのまま、押し倒すように蓬生の唇を塞いでいた。
「ちあ…っ!?」
息継ぐ暇も与えない、長く深くお互いを感じて、ゆっくり離れた唇からは銀の糸が紡ぐ。
「っ……盛りなや、千秋…」 「…悪い」
自分を落ち着かせるように大きく息を吐き出して、肩で息をする蓬生の頬をそっと撫でた。挑発的なお前も悪い、そう口にしようとして止めて、ばつが悪そうに瞳を細めれば、蓬生は再び苦笑するような笑みを浮かべてみせる。
「別に怒ってへんよ?ただ、寝顔やったら千秋の方が心臓に悪いと思うんやけどなあ」
ぽつりと呟かれた言葉に、東金は小さく眉間にシワを寄せた。
「…それはどういう意味だ」 「千秋は知らんやろうけどな、千秋の寝顔はかわいいんやで。無邪気な子供みたいで」
濡れて艶やかさを残す蓬生の唇が、楽しむように孤を描く。わざと最後の言葉を強調してくるところが、さしずめさっきのキスのお返しといったところか。相変わらず、蓬生も負けず嫌いだなと思う。そんな挑発的な笑みすらも、俺は目が離せない程に惹かれているというのに。 東金は喉の奥で小さく笑うと、蓬生もからかうような笑みから柔らかい表情に戻した。
「昔はよう一緒にお昼寝したなあ、懐かしいわ」 「今も変わらないだろ、昼寝じゃないがな」 「ふふ、そうやね。距離がちこうなって、千秋がいやらしくなったぐらい?」 「それはお前もだろ」
夜が明けるまであと数時間。このまま戯れのような掛け合いに遊びながら、一緒に朝日を拝むのもいいかもしれない。
20110512
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